企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)や多様な働き方が定着する中、ビジネスにおける通信インフラの重要性はかつてなく高まっています。特に、クラウドPBXやAIを活用したコールセンターシステムなど、電話回線とインターネットが融合したサービスは企業の生産性向上に不可欠です。
しかし一方で、通信サービスをめぐる犯罪やセキュリティリスクも巧妙化しており、企業には「どの通信事業者(ベンダー)を選ぶべきか」という厳しいコンプライアンスの目が向けられています。
こうした背景から、通信業界の新たな枠組みとして誕生したのが「ETOC(電話事業者認証機構)」です。本コラムでは、最新の総務省資料から読み解く特殊詐欺の実態や、厳格化する法律(犯収法など)の要件を交えながら、企業が今後の通信インフラ調達においてETOCをどう活用すべきかについて詳しく解説します。
設立の背景:過去最悪レベルに達した「見えない通信リスク」
なぜ今、国や業界団体を挙げてETOCのような認証機構が必要とされているのでしょうか。そこには、現代のビジネス環境と社会全体に潜む深刻な脅威が存在します。
被害額4,000億円超。急増する特殊詐欺と電話の悪用
総務省の資料によると、令和6年中の財産犯の被害額は4,000億円を超え、これは平成元年以来最も高かった平成14年当時の被害を上回る極めて憂慮すべき状況となっています 。その増分の大半を詐欺による被害額が占めており、早急な対策が求められています 。
特に注目すべきは、その「手口」です。特殊詐欺における被害者との接触方法の実に79%が「電話」によるものです 。また、被害者の電話に着信した番号のうち、59%が「050番号(IP電話)」からの着信でした 。 一部の審査体制が甘い通信事業者が、十分な本人確認を行わずに犯罪グループへ電話番号を提供してしまっていたことが、この事態を招いた大きな要因です。
政府の「総合対策2.0」と国際的なマネロン対策の圧力
こうした状況を受け、政府は令和7年4月に「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」を策定し、官民一体となった対策の抜本的な強化に乗り出しました 。
さらに、国際的な枠組みであるFATF(金融活動作業部会)も、マネーロンダリングやテロ資金供与対策の国際基準策定と履行を厳しく監視しています 。電話受付代行や電話転送サービスが、これらの犯罪のツールとして悪用されるおそれがあるため、日本の通信業界に対する国際的な監視の目も厳しさを増しているのです 。
もし、自社が契約した通信事業者が裏で犯罪に加担していたり、ずさんな情報管理によって行政指導を受けたりした場合、サービスの突然の停止(BCP上の重大なリスク)が発生するだけでなく、自社のコンプライアンス体制やガバナンスまで問われかねません。
ETOC(電話事業者認証機構)の概要と目的
通信業界における「信頼性の見える化」
ETOC(読み方:イートック)の正式名称は「電話事業者認証機構(Elite Telecom Operator Certification body)」です。国内の電気通信事業者に関連する団体が連携し、総務省や警察庁がオブザーバーとして参加する形で設立されました。

ETOCの最大の目的は、電話番号を用いてサービスを提供する通信事業者の「信頼性」を客観的に評価し、可視化することです。
これまで、星の数ほどある通信事業者の中から、一般企業が「自社にとって真に安全で法令を遵守している事業者」を見極めるのは非常に困難でした。そこでETOCは、第三者機関として事業者の体制を厳格に審査し、基準をクリアした優良な事業者にのみ「優良電話事業者認証マーク(ETOCマーク)」を発行しています。
つまりETOCは、BtoB取引における通信ベンダー選定の「公式なホワイトリスト」としての役割を担っていると言えます。

ETOCが審査する「犯収法」などの厳格な法令遵守体制
ETOCの認証を取得するためには、ネットワークの品質や情報セキュリティ水準の高さだけでなく、「犯罪利用防止策の徹底」が最も厳しく問われます。その中核となるのが「犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)」への適合です。
犯収法では、マネーロンダリングやテロ資金供与を防ぐため、特定の事業者に対して厳しい義務を課しています 。
電話転送・受付代行サービスに課せられる重い義務
総務省関係では、電話受付代行業者や電話転送サービス事業者が犯収法の「特定事業者」に該当します 。 これには、従来型の転送サービスだけでなく、現代のビジネスで主流となっている以下の最新技術を用いたサービスも含まれます。
- クラウドPBX: インターネットを経由してスマートフォン等へ転送を行うクラウドPBXも、通常、犯収法上の電話転送サービスに該当します 。
- アプリフォン: 電話番号のないアプリを用いて、事業者の交換機を経由し「03番号」等で発信するサービスも該当します 。
- 音声データ変換: 音声通話を受信してデータ化し、クラウドサーバ等で閲覧可能にするサービスも電話受付代行サービスに該当します 。
これらのサービスを提供する事業者は、以下の対応を適切に行う義務があります。
- 取引時確認(第4条): 運転免許証等による顧客の氏名、住居、生年月日や、法人の場合は事業内容、実質的支配者の確認などを厳格に行う義務 。
- 確認記録の作成・保存(第6条): 確認記録を直ちに作成し、契約終了の日から7年間保存する義務 。
- 疑わしい取引の届出(第8条): 提出書類の偽造が疑われたり、契約を不自然に急ぐなど、犯罪収益である疑いがある場合は、行政庁へ届け出る義務 。
- 的確に行うための措置(第11条): 社内ルールの策定や従業員への教育訓練を実施する義務 。
ETOCの審査では、事業者がこれらの重い法的義務を形だけでなく「実効性をもって運用しているか」をプロの目で厳しくチェックします。
官民連携の新たな取り組みと企業の責任
通信事業者側も、ただ審査を受けるだけでなく、業界を挙げて犯罪撲滅に取り組んでいます。
その象徴が、総務省が事業主体となり、JUSA(一般社団法人日本ユニファイド通信事業者協会)が運営事業者となって開設された「でんわんセンター(迷惑電話対策相談センター)」です 。 ここでは、利用者からの迷惑電話に関する相談を無料で受け付け(通話料は相談者負担)、その内容を分析して総務省・警察庁やETOCなどの関係団体と連携し、不適正利用対策の周知広報や啓発を行っています 。
このように、国と通信業界が一体となって健全化を進める中、サービスを利用する一般企業側にも「自浄作用に協力し、悪質な業者を排除する」という高い倫理観が求められています。
企業が「ETOC認証事業者」を選択すべき3つの理由(メリット)
これらを踏まえ、調達側である企業が「ETOCマークを取得している事業者」を指名して選ぶことには、どのようなビジネス上のメリットがあるのでしょうか。
メリット1:ベンダー選定時の「コンプライアンス調査コスト」を大幅削減
新規にクラウドPBXやコールセンターシステムを導入する際、法務部門や情報システム部門はベンダーの信用調査に多大な工数を割きます。
しかし、ETOC認証は「有識者による厳格な犯収法対応・セキュリティ監査をパスした」という強力な客観的証明です。 調達要件(RFP等)に「ETOC認証を取得していること」を盛り込むだけで、自社の調査工数を劇的に削減しつつ、安全な取引先を自動的にスクリーニングすることができます。
メリット2:BCP(事業継続計画)の強化と安定稼働
ETOCの審査基準には、サービスの品質とトラブル時のサポート体制も含まれています。
また、犯収法に基づく「疑わしい取引の届出」などを適正に行っている事業者は、警察などの捜査機関による突然のシステム停止や差し押さえといった「もらい事故」のリスクが極めて低くなります。
安価なだけの不安定なサービスを排除し、安定した事業運営(BCP)を実現するための強固な保険として機能します。
メリット3:企業の社会的責任(CSR)への貢献
被害額4,000億円を超える深刻な社会問題に対して、企業として「犯罪に加担する余地のあるずさんな業者とは一切取引しない」という姿勢を示すことは、強力なCSR活動の一環となります 。
自社のサプライチェーンから不正の温床を排除することで、結果として自社のブランド価値や顧客からの信頼を守ることにつながります。
まとめ:次世代の通信インフラ調達は「ETOC」マークが必須要件に

本記事では、新たな通信事業者の評価基準である「ETOC(電話事業者認証機構)」について解説しました。
これからのビジネスにおいて、通信インフラは「コスト」や「機能」だけで選ぶ時代から、「信頼」と「ガバナンス」で選ぶ時代へと完全にシフトしています。本記事を参考にビジネス上のツールを選定してみてください。




